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大津地方裁判所 昭和50年(ワ)112号 判決

原告

馬渕靖太郎

(ほか五名)

右原告ら訴訟代理人弁護士

吉原稔

岡豪敏

高見澤昭治

被告

ヤンマー滋賀労働組合

右代表者中央執行委員長

清水逸郎

右訴訟代理人弁護士

平正博

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

当事者双方の申立及び主張並びに提出した証拠及びその認否は、別紙(一)のとおりである。

理由

一1  請求原因1及び2の各事実については、当事者間に争いがない。

2  しかして、被告が原告らに対してなした本件制裁処分が有効であるとすれば、右処分の結果、原告らが被告に対し、始末書を提出し、違約金を納付すべき義務を、少くとも組合の内部規律上の拘束として負担するに至るものであることは明らかであるが、それ以上に、裁判上その存否の確認ないし履行を請求し得るものとして、換言すれば国家法上の義務(法律上の義務)として負担することになるかどうかをみるに、始末書の提出の点については、それが直接強制になじまない性質のものであることに加えて、被告において間接強制の手段によってもその履行の確保を図る意図を有するものでないこと(この点は弁論の全趣旨により認められる。)に徴し、被告としては原告らの任意の(公権力の強制によらない)履行を期待しているにすぎないものと判断され、したがって、この点については法律上の権利義務の関係はないものと考えられるのに対し、違約金の納付の点については、かかる事情は認められず、そして労働組合としての被告のその構成員に対して保有する統制権根と統制違反者に対する制裁権限が国家法上是認されている以上、右違約金納付義務は、被告が原告らに対して一方的に課した法律上の義務でもあると判断することができる。ただ、本件制裁処分は、(証拠略)によると、被告の組合規約上規定されている譴責、違約金、権利停止及び除名の四種類の制裁手段のうち「始末書をとり一回につき五〇〇〇円以下を徴収する」ことを内容とする制裁手段たる違約金、換言すれば、始末書の提出と違約金の納付の両者が結合した一個の制裁手段に外ならないことが認められるので、本件制裁処分の効力の存否の争いを全体として法律関係の存否の争いとみるのが相当である。

二1  そこで、本件制裁処分の効力の点をみるに、被告は、労働組合として、その目的を達成するのに必要かつ合理的な範囲内において、その構成員である原告らに対し、統制権限ないし制裁権限を行使し得るものと考えられるのであるが、労働組合は、団結した労働者が主体となり自主的にその経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする団体として、本質的かつ高度な自主的運営が期待されているところより、組合の団結保持にかかる内部問題である統制違反の構成員に対してなされた制裁処分の効力の存否につき司法審査するに当っても、組合の自主的決定を尊重し、みだりにその自主性を損うことがないよう配慮することが必要であると考えられ、この点は、とくに本件のように、右制裁処分が軽い種類の制裁を選択してなされている場合において強調し得るところであり、したがって、本件制裁処分が著るしい事実誤認のため事実の基礎を欠くとか、定められた制裁手続につき重大な違背があるとか、要制裁性の判断や制裁の程度の秤量に社会通念上容認できないほどの誤りがあるとかの、被告に認められた制裁権限における自主的な裁量の範囲を著るしく逸脱したとみられる場合に限り、その効力が否定されるものというべきであり、以下、この観点から、本件制裁処分の効力を検討する。

2(一)  本件制裁処分の対象となった原告らの所為が抗弁1(一)(1)の各ビラ配布であり、右原告らの所為が存在したことについては、当事者間に争いがない。

(二)  また、(証拠略)によると、被告の根本規範である組合規約には、別紙(二)ヤンマー滋賀労働組合規約(抜すい)にあるとおりの組合員の権利及び義務並びに組合の機関並びに制裁の事由、種類及び手続についての規定のあることが認められるところ、本件制裁処分が、原告らの右所為が右組合規約一一条一号及び三号に定める義務に違反し、同規約六六条一、二号及び六七条所定の制裁処分事由に該当するものとして、同規約六八条及び同労働組合長浜支部規定に定める手続に従って決定され、右処分がその後被告の内部手続を経て確定したことについては当事者間に争いがない。

(三)  そこで、以下、本件制裁処分において被告が原告らの右所為に対してなした要制裁性の判断と制裁の程度の秤量につき制裁権限の濫用があったかどうかについて判断する。

(1) 原告馬渕、同清水がその他の者とともに、昭和四八年一一月二二日及び同月二六日の両日長浜工場西門前において、就業時間直前に、被告の同年の年末一時金闘争に関する日本共産党ヤンマー支部発行名義のビラを出勤して来る被告の組合員に配布したことについては、当事者間に争いがなく、原告馬渕らの右ビラ配布が契機となって、被告が同年一二月一〇日被告の最高執行機関である中央執行委員会において、

「〈1〉右ビラ配布は、日本共産党としての政治活動の一環と認められる。

〈2〉 右ビラ配布は、特定政党による被告組合への不当な介入である。

〈3〉 労働組合は、いかなる政党団体からも介入、干渉を受けぬものであるから、かかる行為に対して組織防衛する権利がある。

〈4〉 よって日本共産党ヤンマー支部に対して断固抗議する。

〈5〉 右ビラ配布が被告の組合員によってなされた点は、組合規約無視、規約違反の行為に通じるものである。

〈6〉 なんとなれば、組合員は組合規約に基づく諸手続を踏んで発議したり意思表示したりする機会を充分持っているからである。

〈7〉 しかるに原告馬渕らが右手続に従うことなく、自分達の独自の考え方や組合運営に関する問題を外部へ持ち出し、しかも特定政党の力を借りてビラ配布の活動に出たことは、組合の団結を意識的に破壊する行為である。

〈8〉 しかしながら、右見解は今回はじめて明らかにするものであるから、今回の原告馬渕らの行為については厳重な警告をするにとどめるが、今後同様な行為が起った場合組合制裁について審査委員会に提訴する。」

旨の見解(以下「中執見解」という。)をとりまとめ、同月一八日被告の中央大会に次ぐ決議機関である中央委員会において、右中執見解を同委員会の決議として機関決定をなし(右中央委員会決議を以下「本件統制決議」という。)、これを原告らを含む被告の組合員に周知させたことは、(証拠略)を総合して、これを認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(2) しかして、本件統制決議の内容のうち本件制裁処分の根拠となる部分は、本件統制決議の内容となった前記中執見解〈7〉及び〈8〉の両項であると解せられ、前掲各証拠によって認められる本件統制決議がなされるまでの経緯よりみると、右中執見解にいう「特定政党」は、具体的には日本共産党ないしその影響下にある団体を指すものと解されるとともに、(証拠略)によって認められる右中執見解の記載から形式的に前記〈7〉及び〈8〉の両項の趣意をみるかぎり、右見解の中心部分と思われる「中央執行委員会の見解」とされる部分には、そこにいう統制的措置について争議中であること等の限定を付することなく、ただ日本共産党(ヤンマー支部)が被告組合に関係ある事項に介入することに手を貸して組合員がビラ配布をすることを対象としているもののように解され、仮に右理解が正しいとすると、右中執見解をそのまま決議した本件統制決議は、被告組合員が日本共産党(ヤンマー支部)ないしその影響下にある団体のビラを配布することを一般的に禁止したものといえるかのようである。

ところで、労働組合は、いうまでもなく主として労働者の経済的地位の向上を目的とするものであって、その限りで政治活動を行うことがあり、また組織的団体が一般にその構成員に対して有する統制権と異なり、憲法上団結権を保障されている団体として、その団結を保持するために一般団体における統制権と比較し、より強度な統制権が是認されるにしても、そのことから労働組合の統制がつねに組合員の政治活動の自由、表現の自由に優先するものと解することはできず、したがって労働組合としての本来の目的が妨げられる虞れのない組合員の行為を統制的措置の対象とできないことは勿論、さらに進んで組合員が所属労働組合の具体的固有の問題に関し、組合以外の政党、団体の構成員の立場で、当該組合の組合員に対し情報宣伝活動をなし、これが当該組合の目的に必ずしも合致しないものであったとしても、右情報宣伝活動の中にみられる言論表現の自由や政治活動の自由は、民主主義社会の根幹をなす基本的権利であるから、これを統制権によって軽々に制限することは許されず、ただそれが労働組合の生命である団結を侵害し又は侵害する虞れがある場合にのみ、統制権をもって対処し得るものというべきである。

したがって、本件統制決議が、被告がその組合員に対し、一般的な問題に関しては勿論、被告の具体的固有の問題に関しても、それが被告の具体的固有の問題であるというだけで、組合以外の政党、団体の情報宣伝活動に組合員が加わることを禁止したものと解されるとすれば、統制権限の範囲外に及ぶ一般的包括的規制として、無効のものといわなければならないであろう。

(3) しかしながら、本件統制決議とその内容となった中執見解は、前判示のとおり、被告の昭和四八年年末一時金闘争時における原告馬渕らのビラ配布を契機としてなされたものであり、右中執見解表明の経緯は、中執見解自体の中に「事件の経過」として明記されている(〈証拠略〉)ところであり、このことと(証拠略)を総合して認められる次の事情、すなわち、被告は、本件統制決議後においても、被告の所属組合員と思われる者が日本共産党の構成員その他第三者の立場で情報宣伝活動としてのビラ配布を被告の組合員に対してなし、そして右ビラの内容が被告の組織、運営ないし活動に直接の関連性のないものについてはもとより、関連性のあるものについても、右決議に基づく統制権の行使を全く考えないで来たこととを考え併せると、被告が本件統制決議とその内容となった中執見解において、統制の対象とした被告の組合員の所為は、昭和四八年年末一時金闘争時に原告馬渕らがしたビラ配布と同種の行為に外ならず、そしてこのことは、原告らを含む被告の組合員に諒解されていたものと認めることができる。

(4) しかして、原告馬渕らの昭和四八年年末一時金闘争時のビラ配布の実情をみるに、(証拠略)を総合すると、被告の昭和四八年年末一時金闘争は、中央執行委員会で原案を作成し各支部ごとに説明をし検討したうえ、同年一一月一日中央委員会で要求案を決定し、同月五日賃金の三・五か月分プラス家族手当六か月分を年末一時金として要求する旨の要求書を使用者側に提出し、同月一二日に第一回の労使交渉がなされ、同月一五日に第一次回答として二・一か月分を内容とする回答があり、これに対し被告側が修正回答を求めて同月一九日更に交渉がもたれたが、修正回答がなされなかったため、被告は、同月二〇日より闘争態勢に入り、同月二二日に二・六三か月分を内容とする第二次回答を受け、二八日からの三日間各半日のストライキを予定したうえ、同月二五日、二六日の両日使用者側と団体交渉をなし、さらに同月二六日から二七日にかけての団体交渉において使用者側から二・八二三か月分を内容とする第三次回答が出されたので、被告側の交渉団において検討のうえ、これで妥結することを決定し、同月二八日に、組合員七名に一名の割合で選出される代議員をもって構成する中央大会において、反対があったものの、多数決を主内容とする所定の手続を経て右交渉の妥結を決定したこと、この間、被告の執行部は、同月二五日報告会を、翌二六日決起集会をそれぞれ開催して、組合員に対し、交渉経過の説明をするとともに、団結の強化を要請したが、原告馬渕、同清水は、ほか二名の者とともに、同月二二日午前七時四〇分から八時一〇分くらいの間、長浜工場西門付近市道上で、日本共産党ヤンマー支部名義の「史上最高の売り上げでたったの二三万円の回答」という標題の「スト体制を固め満額とろう」等と記載したビラを出勤してくる被告組合員に対して配布(同日朝木之本工場門前でも何者かが同内容のビラを被告組合員に対して配布)し、次いで同月二六日同時刻ごろ、長浜工場西門前において前同発行名義の「満額とっても成人式の着物一枚でパー」という標題の「強固なスト体制を固め満額とるまで一歩も下らずがんばりましょう」等と記載されたビラを被告組合員に対して配布したこと、以上の各事実が認められる。

(5) 右に判示の原告馬渕らのビラ配布ないしこれと同種の所為が被告の統制権による規制の対象となし得るものであるかどうかの点をみるに、前記認定のとおり、右ビラの配布時が、被告において年末一時金闘争中の、しかもストライキ態勢を整えて使用者との団体交渉の大詰めに向う段階に当っていたものであるところ、この段階の交渉内容が極めて重要でしかも多分に流動的なものであることは、経験則上容易に推認できるから、被告は、使用者側と対抗する労働組合として、この段階において、最も強固な団結の実体と外観を確立して流動的な情勢に即応できる態勢を固める必要があるものと判断されるとともに、右必要性が是認できるものといわなければならない。しかして、およそかかる交渉段階にある労働組合の団結の実体と外観は、闘争を指導する執行部の組合員に対する情報提供と指導ないし指令の徹底を主要な手段とするとともに、これに対応する組合員の共通認識の滲透と士気の昂揚として発現するものと考えられるから、労働組合(具体的には闘争を指導する組合の執行部)としては、この段階における組合員に対する交渉関係の情報の提供及び闘争についての指導ないし指令を一手に掌握する必要があるものと判断されるとともに、右必要性が是認できるものと考えられる。したがって、組合(その執行部)が当面する労使間の紛争に関し組合員に対してなす情報の提供と指導ないし指令にして、虚偽、不当なものがある場合を除き、組合は、組合員のもとにおける右共通の認識と士気の昂揚を損ずる虞れのある他の情報の提供及び指導ないし指示を、統制権に基づき規制できるものといわなければならない。これを本件についてみるに、前掲各証拠によると、右四八年年末一時金闘争において、被告がその組合員に提供した情報及び組合員に対してした指導ないし指令に虚偽、不当とみるべきものがあったことを裏付けるような事情はなく、他方、原告馬渕らが被告の組合員に配布した前記ビラの内容は、前判示の流動的な交渉の局面に効果的に対処し得ない硬直した闘争姿勢をしょうようするものとして、闘争の成り行きに対する組合員の共通の認識を損ずる虞れがあるものとの判断を否定し得ないものというべきであり、そうすると、原告馬渕らの右ビラ配布ないしこれと同種の所為を統制権の対象と決定した被告の本件統制決議に、統制の対象事項を逸脱した瑕疵を見出すことはできない。

(6) そこで、本件統制処分の対象となった原告らの昭和四九年年末の一時金闘争時のビラ配布が、原告馬渕らの右昭和四八年年末の一時金闘争時のビラ配布と同種の所為と評価できるかどうかの点をみるに、(証拠略)を総合すると、被告の昭和四九年年末一時金闘争は、同年一一月二日被告から賃金の四か月分を要求する要求書が使用者側に提出され、同月一六日二・四一五か月分を内容とする第一次回答があり、同月二〇日更に交渉がもたれ、同月二一日からは闘争態勢に入り、被告において残業、公休出勤、新規出張の拒否をする中で、同月二二日に第二次回答として二・五九一か月分を内容とする回答がなされたが、被告としてはなお上積みを要求して同月二七日には一時金闘争としては被告組合史上初めての午後一時から同四時までの時限ストライキを決行し、その後、同月三〇日に定時終業前二時間のストライキをすることを予定し、同月二九日から翌三〇日朝八時ころまでの団体交渉の中で使用者側から前年と同率の二・八二三か月分を内容とする回答がなされ、被告の交渉団はこれで交渉を収束するとの判断を下し、同月三〇日行われた組合員の全員投票により正式に交渉を妥結したこと、この間被告の執行部は、同月二六日、二七日に報告会ないし決起集会を開いて、前年同様組合員に対し、交渉経過の説明と団結強化の要請をするとともに、同月二七日朝には長浜工場西門付近において、組合員に対して、二六日から二七日朝にかけての一時金交渉の結果報告及び二七日の三時間ストについての指令を記載したビラ(組合ビラ)を配布したが、そのころ同所付近において原告井上らが、民青湖北地区委員会発行名義による「ヤンマー売り上げ、七〇億円」と題し、「何が何でも年末一時金の満額獲得を!」等と記載してあるビラを配布しようとしていたので、前記組合ビラの配布に当っていた被告の長浜支部執行委員久保田順一が、右ビラは組合ビラと若干内容が異なり、被告も了承していないビラであるから配布をやめるよう申し入れたが、原告井上らはこれを聞き入れず、原告斉藤、同井上、同田部、同川瀬の四名が民青の腕章をまいて、西門から南北にそれぞれ約五〇メートル離れた二カ所において合計五〇〇枚のビラを配布し、次いで、同月二九日午前七時三〇分頃から同八時頃まで、右同様長浜工場西門をはさんで南北約五〇メートルずつ離れた二カ所において原告馬渕及び同清水の両名が日本共産党長浜市委員会発行名義の「会社は不況というけど、労働者のフトコロはもっと不況」と題して「ヤンマーの実績は悪くない、死亡者を出す程労働者は働いた、一時金は賃金のあと払い、取るまでやめない闘いを」等と記載したビラを出勤してくる被告組合員に対して配布したこと及び右一時金闘争において被告がその組合員に提供した情報や組合員に対してした指導ないし指令に虚偽、不当とみるべきものがあったことを裏付けるような事情のないこと、以上の各事実を認めることができる。

(7) 右に認定した原告らの各ビラ配布行為は、それがなされた背景とくに被告と使用者との間の昭和四九年年末一時金闘争の闘争内容及び闘争段階並びに右ビラの記載内容等よりして、被告の組合員でありながら、第三者の立場で、被告の他の組合員に対し、闘争の重要段階で硬直した闘争姿勢をしょうようしたものとして、前年の年末一時金闘争時における原告馬渕らの前判示のビラ配布と同種のものと判断され、したがって、原告らの本件制裁処分の対象となった各ビラ配布行為は、被告の本件統制決議に違反するものといわなければならない。

(8) そうすると、原告らの右ビラ配布行為は、被告の機関決定に違反したものとして被告の組合規約六六条一号に該当し、原告らは、被告の制裁を甘受しなければならないが、前判示の事実から明らかな右原告らの違反の態様と違反に至るまでの経緯に照らすと、原告らに対する制裁として同規約六七条二号の違約金を選択し、本件統制処分をした被告の採量に格別の瑕疵を見出すことができず、他に右処分の瑕疵を裏付ける資料はない。

3  してみれば、原告らに対する被告の本件統制処分に、これを無効ならしめる瑕疵があるものとはいえないから、原告らの請求は、いずれも理由がない。

三  よって、原告らの請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上清 裁判官笠井達也、同富川照雄は、転補により、署名押印することができない。裁判長裁判官 井上清)

別紙(一) 事実

第一 当事者の求めた判決

一 原告ら

1 被告が原告らに対し、昭和五〇年二月一二日付でなした「始末書をとり、違約金三〇〇〇円を徴収する。」との制裁処分は、無効であることを確認する。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

二 被告

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二 当事者の主張

一 請求原因

1 原告らは、訴外ヤンマーディーゼル株式会社滋賀生産事業所(以下「ヤンマー滋賀事業所」という。)の従業員をもって組織する被告ヤンマー滋賀労働組合の組合員で、同組合長浜支部に属している。

2 被告は、昭和五〇年二月一二日付書面で、支部審査委員会委員長北村邦丸の名で、原告らに対し、「始末書をとり、違約金三〇〇〇円を徴収する。」との制裁処分(以下「本件制裁処分」という。)を通告した。

3 本件制裁処分は、正当な処分理由を欠くものであるので、その無効の確認を求める。

二 請求原因に対する認否

請求原因1及び2の各事実を認め、同3の主張を争う。

三 抗弁及び原告らの主張に対する反論

1 本件制裁処分は、次の理由により有効である。

(一)(1) 原告斉藤、同井上は、被告が昭和四九年の年末一時金闘争中であった同年一一月二七日朝就業時間直前頃ヤンマー滋賀事業所長浜工場(以下「長浜工場」という。)西門近くで、出勤して来る被告組合員を対象にして、「何が何んでも年末一時金の満額獲得を!」等と専ら被告の同年年末一時金闘争に関する内容を記載した日本民主青年同盟(以下「民青」という。)湖北地区委員会発行名義のビラを、原告田部、同川瀬の両名も同日同所で被告組合員を対象にして、右と同一内容のビラを、原告馬渕、同清水の両名は、同月二九日朝長浜工場門前において、出勤して来る被告組合員を対象にして、「取るまでやめない斗いを」、「インフレ手当込み四ケ月は当然の要求であり、労組は団結し、団結を固め、強力なスト体制で闘うことが重要です」等と専ら被告の同年年末一時金闘争に関する内容を記載した日本共産党長浜市委員会発行名義のビラを、それぞれ配布した。

(2) しかしながら、右各ビラの配布は、被告の中央委員会が昭和四八年一二月一〇日になした後記の決議(以下「四八年決議」という。)に違反するものである。すなわち、

イ 原告馬渕、同清水は、その他の者とともに、被告の昭和四八年年末一時金闘争に際しても、同年一一月二二日長浜工場及びヤンマー滋賀事業所木之本工場の各門前において、同月二六日長浜工場西門前において、それぞれ就業時間直前に、出勤して来る被告組合員を対象にして、同月二二日分では、「史上最高の売り上げでたったの二三万円の回答」、「スト体制を固め、満額とろう。」等と、同月二六日分では、「満額とっても成人式の着物一枚でパー」等といずれも専ら被告の同年年末一時金闘争に関する内容を記載した日本共産党ヤンマー支部発行名義のビラを配布した。

ロ 被告の右年末一時金闘争は、被告が同年一一月五日、右年末一時金として賃金の三・五か月分プラス家族手当六か月分を内容とする要求書を提出し、その後数次にわたる使用者側との交渉の結果同月二六日から二七日の交渉において、第三次回答として賃金の二・八二三か月分の回答を引き出し、被告の要求額には不足するものの、闘争における被告組合員の動向、他社の解決の動向等諸般の事情を勘案して、右回答をもって交渉を妥結すべきものと判断し、同月二八日被告の決議機関である中央大会を招集し、同大会において妥結決議をしたものであるが、かかる闘争最中における労働組合の使用者側に対する交渉力は、組合員の団結の度合にかかわっているので、労働組合においては、組合員に対し使用者側との交渉に関する的確な情報を提供すると同時に、それに基づく組合員の意思を十分に把握し、使用者側との交渉の帰すうを決めなければならないのであり、間違っても無理な争議行為を継続したりして組合員を四分五裂させ、使用者との闘争を泥沼へ導き、終局的には組合そのものを瓦解させてしまうようなことがないよう配慮すべきであり、他方、組合員においても、かかる労働組合の団結の実体を十分考慮し、他の組合員に対し、無用な労使の対立を煽動したり、組合外部から無責任な情報を流して組合機関に対する不信感を与えたりなどして、組合の団結や統制秩序を害しないよう慎重な行動をとるべきである。しかるに、前記ビラは、闘争が組合員の大勢として早期妥結の方向に向かい、被告の闘争委員会も妥結もやむなしと判断せざるを得ない状況にある中で、これらの状況等を何ら顧慮することなく、未だ交渉が妥結をみていないというひとことをもって、被告の闘争を支援するとの美名に隠れて、被告の組合員を無責任に煽動をするために配布されたもので、組合員を動揺させ、著しく被告の団結を害したのである。

ハ そこで、被告は、同年一二月七日に開催された中央執行委員会において、左記の中央執行委員会見解を示し、同月一〇日に開催された被告の決議機関である中央委員会において、右見解を中央委員会決議として議決し、その旨を原告らを含む被告の全組合員に周知させた。

(中央執行委員会見解)

〈1〉 前記ビラ配布行為は、日本共産党ヤンマー支部による被告に対する干渉である。

〈2〉 かかる干渉に対しては組織防衛を図らなければならない。

〈3〉 日本共産党ヤンマー支部に対して抗議する。

〈4〉 ビラ配布行為は、組合員によってなされたものであるが、かかる行為は、被告に関係した事項につき組合の規約に基づく手続をとることなくなされたものであって、組合規約無視につながる。

〈5〉 特定政党の名に基づくものであっても、被告の組合員に対する、被告の年末一時金闘争という具体的固有の問題にかかわる情報宣伝活動は、中止されたい。爾後かかる行為をした場合、審査委員会に提訴する。

ニ にもかかわらず、原告らは、右四八年決議〈5〉項の中止要求決定を無視して、再度前記(一)(1)のとおり、ビラを配布したのである。

(3) また、右各ビラ配布は、前記昭和四九年年末一時金闘争につき被告の団結と秩序を乱したものである。すなわち、

被告の右年末一時金闘争は、同年一一月二日賃金の四か月分を要求する被告の要求書の提出によって開始され、被告は、同月二七日には終業前三時間の時限ストライキを決行し、また同月二九日には同じく終業前二時間の時限ストライキを行うことを背景として使用者側との間に、同月一六日、二〇日、二二日、二六日(徹夜交渉)、二九日(徹夜交渉)と交渉を行い、使用者側から同月一六日の二・四一五か月、同月二二日の二・五九一か月、同月二六日の二・六六八か月の各回答の後、同月二九日に第四次回答として、二・八二三か月の回答を引き出したので、年末一時金としての性格による解決時期の切迫、組合員の動向、その他、他社の妥結状況等の諸情勢を判断し、右の第四次回答をもって妥結すべく、同月三〇日に全員投票を行い、妥結決議をしたものである。ところで、かかる闘争最中には、被告とその組合員である原告らは、前記(一)(2)ロにおいて指摘した配慮と同様の配慮をすべきであるから、被告においては、闘争委員会内に設置した情報宣伝部を通じ、交渉の経過を逐次組合員に伝達するための情報ビラを配布し、その外にも報告集会を適宜開催し、職場においては組合員の決起集会を開催して組合員に対し、交渉経過についての的確な情報を伝達するとともに、組合員の闘争意思の高揚、団結の強化を図っていたのに、原告らは、前記(一)(1)記載のとおり、就業時間直前に、長浜工場門前付近で、被告組合員を対象として、専ら被告の同年年末一時金闘争に関する事項につき、闘争の重要段階において、無責任な内容のビラを配布したものであり、そのうち原告斉藤、同井上のビラ配布は、折しも被告が同月二五日開催した報告集会に引き続き、同月二七日の就業時間直前に、長浜工場西門前で出勤して来る組合員に対し、前日の交渉の経過及びストライキ突入指令を記載した被告闘争委員会情宣部発行のビラ(以下「被告ビラ」という。)を配布していたのと同時刻に、同所の近くで、同じ組合員に対し、被告ビラの配布と混同するような態様でなされたものであり、その内容も仮妥結かスト決行かという情勢の中で、一面的に闘争行為を煽ったものであり、しかもその際被告の組合員であって被告ビラを配布していた訴外久保田順一らより四八年決議に違反するから中止するよう勧告を受けたのに、政治活動の自由の名目のもとに右勧告に耳をかさずになされたものであり、原告馬渕、同清水のビラ配布は、被告の年末一時金交渉を妥結すべき時期と誰しも認め得る時期を選んで、前記と同様一面的に闘争行為を煽ったものである。これを要するに、原告らの右ビラ配布の行為は、被告の組合員である原告らが、被告の組合員らに対し、被告固有の経済闘争の場において、被告固有の情宣活動に外部団体名をもって直接介入したものであり、更に年末一時金闘争の終束段階において、被告執行部が仮妥結かスト突入かの両面作戦をとっているのに、組合規約に定められた手続を無視し、外部団体の名のもとに、一面的に闘争を煽り、無用の労使対立を刺激するとともに、執行部批判ないし組合の統制違反をなしたものであって、被告の団結と秩序を乱したものというべきである。

(4) 以上原告らの(2)及び(3)の各所為は、別紙(二)組合規約(抜すい)に記載のとおりの被告の組合規約一一条一号及び三号に違反し、同規則六六条一号、六七条所定の制裁処分事由に該当する。

(二) そこで、被告は、原告らに対し、前記(一)(4)を理由にして、被告組合規約六八条と被告長浜支部規定の定める手続に従い、本件制裁処分をなし、右処分は、その後組合内の手続を経て確定した。

2 原告らの主張に対する反論

(一) 原告らは、本件制裁処分が原告らの言論、表現の自由に基づく正当な活動ないし市民的自由の範囲内の行動に対する違法無効な処分であると主張するが、本件制裁処分は、あくまで被告の組合員たる身分を有する原告らに対し、被告の団結と秩序を乱した所為を事由になされたものであるから、原告らの主張する市民的基本権ないし市民的自由の範囲内の行為を対象とするものではない。

(二) また、原告らは、四八年決議が組合員のビラ配布を一般的包括的に禁止するもので、憲法に保障する政治的自由を間接的に侵害するものとして無効であると主張するが、これは右決議の内容を誤解するものである。右決議は、被告の固有の問題である経済闘争につき、闘争の重要段階において、被告の組合員たる者が特定の政治団体の発行名義で煽動目的のビラを配布することを組合の統制秩序に反するものとして、禁止したものにすぎない。

(四) 抗弁に対する認否及び原告らの主張

1 抗弁1のうち、

(一)(1) 同(一)(1)の事実を認める。但しビラ配布場所は、長浜工場西門より左右に約五〇メートル離れた場所である。

(2)イ 同(一)(2)イの事実を認める。但しビラ配布場所は、右と同じである。

ロ 同(一)(2)ロの事実及び主張中、原告らのビラ配布の時期が組合員の大勢として早期妥結の方向に向っている時点であったことを否認し、右ビラの内容が被告の団結を害するものであったとの主張を争う。

ハ 同(一)(2)ハの事実は不知。右決議は、後記のとおり無効である。

ニ 同(一)(2)ニの主張を争う。

(3) 同(一)(3)の事実中、昭和四九年の年末一時金闘争において、賃金の四か月分の要求がなされ、同年一一月二七日三時間の時限ストが決行され、さらにストライキが予定されていたが、同月二九日仮妥結し、同月三〇日妥結に至ったこと及び被告が同月二七日就業時間直前に長浜工場西門前で被告組合員に対し、被告主張どおりの内容の被告ビラを配布したことを認め、原告斉藤らが被告ビラと混同するような方法でビラを配布したこと、原告馬渕らがビラを配布した同月二九日朝が被告の年末一時金交渉を妥結すべき時期であったこと、各ビラの内容が無責任な情報で労使対決を無用に煽動し組合機関に対する不信感を与えるものであったこと、ビラ配布の結果現実に被告の団結と秩序を害したことをいずれも否認する。

(4) 同(一)(4)の主張を争う。

(二) 同(二)の事実を認める。

2 原告らの主張

(一) 原告らの本件ビラ配布は、原告らがその所属する日本共産党または民青の一員としてなした言論表現の自由に基づく正当な活動である。もとより組合員が政治活動をなし、組合の団結権に害悪を与えた場合には組合の統制の対象となりうるが、本件ビラ配布の場合は、これが就業時間外に、勤務場所外の市道上でなされたものであって、客観的にも市民的自由の範囲内の行動であったし、仮にそうでないとしても、前記主張のとおりの本件各ビラの配布の時期、場所、意図、内容のいずれからみても、それが被告の団結に資する行為でありこそすれ、これを害するものではないから、制裁処分の対象にならないものである。

(二) 本件制裁処分の根拠となっている四八年決議は、次の各事由により無効である。

(1) 右決議の基礎となった中央委員会の見解〈4〉項は、「組合規約に基く手続」を無視したことを理由に、原告馬渕らの所為を非難するものであるが、組合規約一〇条三号は、組合員の発言等を定めたもので、同号の手続を経なければ発言等ができないとするものではなく、その他にかかる手続を規定した組合規約は存在しないから、右決議は、その理由がないものである。

(2) また、被告が右中央委員会の見解に基づき日本共産党ヤンマー支部に抗議したのに対し、同支部が被告に公開質問状を発したが、被告は、これを無視し、強引に右決議をなし、一方的にこれを原告らに押し付けるものであるから、右決議は、自由な討議により合理的な解決に導こうとする誠意に欠けるものである。

(3) 右決議〈5〉項は、「組合の問題について外部の名をもって情報宣伝活動をすることを禁止する」というものであるが、ここにいう外部とは、日本共産党、民青はもちろん被告組合以外の第三者すべてであり、かつ時期も争議行為のときに限らないものであるから、右決議は、一般的包括的な禁止をいうものとして、憲法上の基本権である政治活動の自由を侵害するものである。

第三 証拠(略)

別紙(二) ヤンマー滋賀労働組合規約(抜すい)

第一〇条(権利)

組合員は、すべて次の各号に掲げる権利を有し、且つその行使を保障する。但し資格を喪失した時は一切の権利を失う。

1 この規約に定める所により役員、その他機関の構成員に対する選挙権並びに被選挙権を有する。

2 公職に従事する自由を有し、如何なる市民権の行使をも否定されない。

3 定められた手続により会議に出席し、発言権議決権を有し各機関の行動について報告を求め批判する自由を持つ。

4 以下略

第一一条(義務)

組合員はすべて次の各号に掲げる義務を負う。

1 組合の綱領、規約を遵守し、組合の健全な発展の為に協力すること。

2 規約に定める会議並に機関決定による行事の招集を受けた時は出席すること。

3 各機関の決定及び統制には従う事。

4 以下略

第一七条(組合の機関)

組合に次の機関を置く。

1 中央大会

2 中央委員会

3 中央執行委員会

第四九条(中央執行委員長)

中央執行委員長の職務権限は次の通りとする。

1 組合を代表する。

2 中央執行委員会を司宰するとともに組合業務の執行等組合に関する一切の責任を負う。

3 組合の秩序を保持し、組合規約を実施する事。

4 以下略

第六六条(制裁)

組合員で次の各号の一に該当する行為があった者は制裁を受ける。

1 組合規約、又は機関の決定に違反した場合

2 組合の統制秩序を紊した行為のあった場合

3 破廉恥又は不当行為等により組合員として体面を汚した場合

4 組合員としての義務を怠った場合

5 その他目的に違反する行為のあった場合

第六七条(種類)

制裁はその行為の程度により次の各号の一を科し或いは併科する。

1 譴責 始末書をとり訓戒を与える。

2 違約金 始末書をとり一回につき五〇〇〇円以下を徴収する。

3 権利停止 始末書をとり一カ月以上六カ月以下の権利停止を行う。

4 除名 組合員として一切の資格を剥奪する。

第六八条(手続き)

制裁はすべて支部審査委員会の議を経て支部長がこれを執行する。但し異議申立てのある場合は、中央委員会、除名の場合は全員投票の決定に依り制裁が確定するものとし、中央執行委員長がこれを執行する。

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